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シャルル・ベルモがいなければ、ゼニス「エル・プリメロ」は消えていた。奇跡の物語。

ゼニスブティック大阪ブログをご覧いただきまして誠に有難うございます。
本日は半世紀以上たった今も受け継がれているムーブメント、「エル・プリメロ」の奇跡の復活の歴史をご紹介いたします。
今でこそ時計好きの多くが知っているムーブメントですが、その裏には数々の試練がありました。
是非最後までお読みいただけたら幸いです!

ゼニスの誕生

1865年、スイスにあるル・ロックルで創業者のジョルジュ・ファーブル=ジャコは22歳という若さで、時計ムーブメントの工房を立ち上げました。
ジョルジュ・ファーブル=ジャコは、「これまでに作られた中で最も正確で信頼性の高い時計」を作るという夢を持っていました。
当時は時計のパーツを作る職人がバラバラに作業していましたが、彼はすべての工程を一つの建物に集める「マニュファクチュール(時計の一貫製造)」というシステムを確立しました。

世界初の自動巻きクロノグラフ

1969年1月10日、ゼニスは世界初の高振動自動巻きクロノグラフ「エル・プリメロ」を発表しました。
当時、多くの時計は毎時18,000〜21,600振動だった為、毎時36,000振動は圧倒的に高精度で、10分の1秒まで測定できるのは非常に画期的な性能でした。
そうして真の技術革命である自動巻きクロノグラフ「エル・プリメロ」は瞬く間に20世紀のアイコンとなりました。

歴史を変えたクォーツショック

まもなくして1969年に日本の時計ブランドセイコーによってクォーツ時計(電池で動く時計)が開発されました。
それまで主流だった機械式時計より正確かつ安価であったので、世界中で機械式時計は居場所を失いました。
ゼニスもその影響を受け、1975年に機械式時計の製造が全面的に終了しました。

シャルル・ベルモが下した決断

しかし工場長であったシャルル・ベルモは屈することなく、自分の仕事人生を懸け会社の経営陣に「機械式時計製造の危機は一時的なものだ」と訴えたのです。
ですが、これで変わることは無く機械や金型、工具を廃棄するように命令が出ました。
しかし、シャルル・ベルモは諦めませんでした。
誰にも何も言わずに一人で全ての技術計画書と機械や工具を一つずつ、ゼニス工房内の屋根裏部屋に隠したのです。
そしてエル・プリメロは忘れ去られ、クォーツ時計が作られるようになりました。

奇跡の復活

1982年、エル・プリメロ機械式ムーブメントを採用したいというブランドが現れた事でゼニスは製造再開を検討しました。
しかし、機械式に関する情報や機械を破棄してしまった事で、頭をかかえる状態となりました。
そんなときにシャルル・ベルモが、隠していた秘密を明らかにして約10年後の1984年に「エル・プリメロ」は復活を果たしました。
そして今日に至るまでゼニスは160年の歴史を誇るブランドとして進化を続けています。

最後に

最後までご覧いただきありがとうございます!
いかがでしたか?小説のような感動的な物語ですよね。

「エル・プリメロ」の名前の由来は人造言語のエスペラント語で「第1の」という意味を持ちます。
復活を遂げ、その名のとおり業界でも屈指の性能を誇るムーブメントとなり半世紀以上経った今でも受け継がれている伝説的なムーブメントです。
是非、ゼニスが誇る歴史と技術が詰まったムーブメントを腕元に宿しませんか?

ゼニスブティック大阪で皆様のご来店お待ちしております!

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